建物の大棟や降り棟の端を飾る瓦を鬼瓦といいます。 八世紀以降、建物の安穏を祈り、鬼面を飾ったものが主として用いられたため、鬼瓦と呼ばれるようになりました。 我が国で発見された最も古い鬼瓦は、奥山久米寺(奈良県)のもので、単弁蓮文の様式から飛鳥時代後期のものと推定されています。 その後、鎌倉時代になると、獣面や鬼面が多くはじめ、平面的であった鬼面は立体的に変化し始めます。 室町時代には、二本の角を持つ鬼面が多くなり、足元または鰭(ひれ)という部分が見られるようになります。 安土桃山時代には、鬼面が一層リアルになり足元は次第に発達し始めます。 江戸時代になると足元はさらに発達し、雲や植物や浪を図案化したものが現れ、現在見るような鬼瓦の原型ができました。 またこの時代になると、一般民衆の家にも鬼瓦が姿を見せますが、近隣の家をにらめつけるので敬遠され、願い事を記する意味もあり鬼面でない鬼瓦が飾られるようになってきました。家紋を入れたもの、防火のために水という文字を入れたもの、福槌や宝珠など富を願ったもの、縁起のよい動物など様々なデザインが現れました。 鯱(しゃち)瓦も鬼瓦の一種です。 現在は、建物の景観等から簡略化された鬼瓦が多くなっていますが、鬼瓦を屋根に載せているのは世界でも日本だけに見られる風景です。 ★参考・引用文献 坪井利弘著「日本の瓦屋根」 |