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臨時休館のお知らせ

7月11日(火)は午後より臨時休館とします。

ご迷惑をお掛けいたします。よろしくお願い致します。

 

7月・8月の開館スケジュールについて

2017年7月
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2017年8月
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が定休日です。

7月15日までは定休日が月・水・金です。

7月15日~8月6日までは夏休み特別体験期間の為定休日は月曜日のみになります。

よろしくお願い致します。

展示

展 示
展示コーナーの正面には、入母屋造りのミニ屋根を実際に施工し、屋根の断面構造がひとめでわかるよう展示。
日本瓦のもつ良さが十分理解できるよう写真とパネルで解説してあります。又、瓦の施工方法もパネル展示などでわかりやすく紹介しています。
日本瓦の優れた特性
地震、台風に強い
素材が粘土の瓦は、耐候性に優れています。
銅銭などで緊結するため、自然災害にも強い屋根です。
耐火性に優れている
1,000度以上で焼成する粘土瓦は、不燃材としても認定された屋根材。遮音性も抜群。
耐熱性の優れている
瓦の形状と重ね方が、空気や湿気を自動的にコントロール。
快適な居住環境を保ちます。
環境に優しい
粘土から成る瓦は、正真正銘の無公害。人にも自然環境にもやさしい屋根材です。
経済的である
メンテナンスも簡単にできる瓦は、他のどんな屋根材より経済的です。

南アルプス市と瓦づくり
南アルプス市、瓦づくり三百年の歴史
~甲州鬼面瓦の誕生~

南アルプス市で始めて瓦がつくられたのは、江戸の後期。
加賀美の地に良質の粘土があったことも瓦産業が発展するきっかけとなりました。
幕末の甲府城の修築には瓦御用もつとめるなど、歴史と伝統が受け継がれてきました。
戦後の最盛期には、三十数軒以上もの瓦製造所が町内にそろい、量、質ともに県内一を誇っていました。

南アルプス市商工会では、この貴重な瓦づくりの歴史を後世にも伝えたいと願い、平成元年に『甲州鬼面瓦』を開発。
お守り工芸品としての甲州鬼面瓦は、家内安全や魔除、商売繁盛などの一家のお守りとして高い評価を得ています。

鬼 瓦

建物の大棟や降り棟の端を飾る瓦を鬼瓦といいます。
八世紀以降、建物の安穏を祈り、鬼面を飾ったものが主として用いられたため、鬼瓦と呼ばれるようになりました。
我が国で発見された最も古い鬼瓦は、奥山久米寺(奈良県)のもので、単弁蓮文の様式から飛鳥時代後期のものと推定されています。
その後、鎌倉時代になると、獣面や鬼面が多くはじめ、平面的であった鬼面は立体的に変化し始めます。
室町時代には、二本の角を持つ鬼面が多くなり、足元または鰭(ひれ)という部分が見られるようになります。
安土桃山時代には、鬼面が一層リアルになり足元は次第に発達し始めます。
江戸時代になると足元はさらに発達し、雲や植物や浪を図案化したものが現れ、現在見るような鬼瓦の原型ができました。
またこの時代になると、一般民衆の家にも鬼瓦が姿を見せますが、近隣の家をにらめつけるので敬遠され、願い事を記する意味もあり鬼面でない鬼瓦が飾られるようになってきました。家紋を入れたもの、防火のために水という文字を入れたもの、福槌や宝珠など富を願ったもの、縁起のよい動物など様々なデザインが現れました。
鯱(しゃち)瓦も鬼瓦の一種です。
現在は、建物の景観等から簡略化された鬼瓦が多くなっていますが、鬼瓦を屋根に載せているのは世界でも日本だけに見られる風景です。

                  ★参考・引用文献  坪井利弘著「日本の瓦屋根」

鯱(しゃち)瓦

鯱は、波を起こして雨をよく降らす想像上の海魚とか、鴟尾(しび)が変化したものといわれています。
鯱は十三世紀半ばに、禅宗をとおして日本にはいり、仏寺の厨子や建物に使われましたが、安土桃山時代頃から城の天主や櫓に使われるようになりました。
鯱を城郭に用いた、一番早い例は信長の安土城です。
鯱が兵火を逃れることを願ったばかりでなく、その特異な面貌は権威の象徴でもありました。
鯱は後の権力者の建築に盛んに使われるようになります。  
また鯱は、甲府城跡から見つかった鯱瓦のようにすべてが瓦製とは限りません。
江戸城・名古屋城・大阪城の金鯱は木型、銅型の上に金箔を貼ったものです。
名古屋城小天守、江戸城の主要な櫓門の鯱は、銅鋳造製です。
鯱瓦の多くが銅製であった十七世紀前半にあっては落雷のメカニズムを知らなかったため、建てられた天守の大半が、鯱瓦の材で落雷・消失してしまいました。
なお、鯱の字は魚と虎の組み合わせです。日本で作られた国字です。

         ★参考・引用文献  坪井利弘著「日本の瓦屋根」